映画「ファイトクラブ」あらすじ

物語は「僕」の視点で進行していきます。僕は自動車会社に勤務し全米を飛び回りながらリコールの仕事をしている平凡な会社員で、恋人や友人もおらず、ただ家や家具、食器や衣類など物質的なものに金をかけ完璧な生活空間を実現させていましたが、精神的には落ち着かず不眠症に悩んでいます。精神科の医師のアドバイスにより参加した睾丸がん患者の集いで涙を流せたことで不眠症が改善したことを機に、様々な自助グループにニセ患者として通ううち出会った同じようなニセ患者のマーラによりまた不眠症が再発します。ある日出張中に自宅が爆発事故の被害に遭い途方に暮れるのですが、機内で偶然知り合った石鹸商のタイラーに助けを求めバーで落ち合いますが、僕とは正反対な性格でユーモアがあり危険な匂いがします。バーを出た後駐車場でタイラーから殴るように頼まれ、驚きつつも殴り合いをするのですが、痛みの中で生きているという実感を取り戻せるようになります。その後二人は同じような殴り合いをしていると見物人が参加をするようになり、いつしかタイラーが作り上げたファイトクラブという秘密の集まりが出来上がります。多くの男性が日頃の不満を吐き出すように殴り合い、傷だらけで生き生きと仕事をこなし夜になるとまた殴り合います。ある日マーラから助けを求める電話がかかり無視しますがタイラーが代わりに助けに行き、やがて親密となり3人での生活が始まります。その頃から僕はまたいら立ちはじめ、ファイトクラブでの立場にも疎外感を感じるようになりますが、その裏で実はこのクラブは騒乱計画を企てるテロ集団となっていました。やがて僕はタイラーという人間を調べはじめるのですが、タイラーは世界中にファイトクラブを立ち上げ皆が秘密裏にテロ計画を進めています。しかしある時メンバーの店で話しかけられ自分がタイラー張本人であったことに気が付きます。強い後悔と衝撃に見舞われた僕は警察に自首しますが、警察内にもメンバーがおりテロ計画は進行していきます。ようやくビルへとたどり着き爆破を止めようとしますが、そこへタイラーが現れ銃で脅されます。タイラーは自分だと思い出せた僕は引き金を引きますが急所は外れ、爆破は止められず、マーラとともに崩れ落ちる金融会社の高層ビルを見つめるしかありません。

映画「ファイトクラブ」感想

エドワード・ノートンとブラッド・ピット、この素晴らしい俳優さんによってとても面白い映画になっています。エドワード・ノートンだから絶対にサイコチックな変人だろうと思ってみていましたが、最後のどんでん返しにさすがとうなってしまいました。また初めから見直すと違った面白さがあり、何度でも見たくなる映画ではないでしょうか。不眠症の辛さは本人にしか分からないし、その原因も精神的なものが大きいように思います。それ故自分が理想と思い描いているセクシーで大胆、明るくて女性からもモテ、男性からも尊敬され慕われる、そんなタイラーを作り上げてしまったのでしょう。多重人格という病気は本当に自分で気が付いていないのだと思うと、何が現実で何が想像なのか、なんだか恐ろしい気持ちにもなっていきます。殴り合うことでの痛みだけしか生きている実感が得られないと言うのも、何となく理解できるような気がしました。最後のシーンは衝撃的で、テロにより崩れるビルを見るとなんとなく未来を予想しているようにも思える映画でした。